【恭加の「 THEATRE for ALL 」感想文】8 白い鳥
こんにちは。恭加 (きょうか) です。
恭加がご紹介する、バリアフリー オンライン劇場THEATRE for ALLの作品。
今回は、全盲の美術鑑賞者、白鳥建二さんのドキュメンタリー映画「白い鳥」をご紹介します。
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この作品は全盲の美術鑑賞者、白鳥建二さんのドキュメンタリー映画である。
白鳥さんに複数の晴眼者が説明をし、言葉でアートを見る。
美術館での映像や、白鳥さんの普段の生活等を映している。
白鳥さんは年間50回程美術館へ行き、晴眼者と一緒に鑑賞する。
全盲者が晴眼者に「説明をしてもらっている」のではなく、
一緒に鑑賞しているのだ。
そのため、白鳥さんは普通の人がつい聞いてしまいそうな
「ちゃんとイメージできましたか?」や「ちゃんと伝わりましたか?」
等の質問を嫌っている。
目が見えている人が正しいかどうかを聞きたいのか、という風に考えてしまう様だ。
私たちは、障害者に対し、何かをやってあげるという気持ちを持ってしまうことがあるが、
「やってあげる」では、障害者よりも健常者の方が上に見えてしまう。
白鳥さんはあくまで、目が見える人と対等でありたいという。
説明してもらうのではなく、一緒に作品を鑑賞することで
一人では気づかない、新たな発見があるのかもしれない。
大切なものは言葉そのものではなく、その場で起こることを楽しんでいると、白鳥さんは語っている。
なにかの作品を見ていて、うまく作品に入れる時もあれば、あまりピンとこないこともある。
どちらも一人だったら起きないことであり、複数人居るから起こることが楽しいそうだ。
また、映画では、白鳥さんの私生活の部分も映っており、実際にどのようにして盲者が暮らしているのか、実際に見ることができる。
盲者の生活は晴眼者の生活とあまり変わらないというのが印象だった。
包丁を使い料理をし、洗濯物を畳み、集金の際にお金を払う。
特に、全盲の方が料理をするというイメージが無かったため包丁を持った時にケガしないのか、お湯を沸かす際に火傷をしないのか、見ていて心配になるところはあったが、慣れた手つきで料理をしているところにとても驚いたと同時に自分の認識の間違いにも気づくことができた。
そしてこの映画は、音声ガイドや日本語字幕、英語字幕もあるため、視覚障がい者、聴覚障がい者、英語が理解できる外国人も見ることができる。
音声ガイドでも実際にみてみると、映像よりも音声が遅かった。
水鳥の群れが通り過ぎるシーンがあるが、画面から消えて説明が始まっていたため映像にあっていなかった。
また、映像に映っているものをすべて言葉で表すが、必要ではない情報と認識されたものは説明がない。
例えば、美術館の映像では絵画など作品には説明が入る。人も、女性なのか、男性なのか、という説明はあるが、
どんな髪型でどんな服装で、どれくらいの身長なのか、何も説明がない為、女性か男性かしかわからず想像がしづらいと思った。
個人的には、美術館にいる白鳥さんのファッションが似合っていて、美術館の雰囲気にも合っていておしゃれだと思ったが何も説明がないので残念だった。
確かに美術館には関係のないことで必要のない情報なのかもしれないが、
そういった部分も楽しめたら、想像がもっと広がると思う。
また、インタビューに答えるシーンでも、遠目に移っているシーンから近くによるシーンがあるが、近寄った時に何も説明がない。
表情の説明も、カメラが寄ったという説明も、何もない。
遠目から近くに寄るのは何らかの意図(白鳥さんの表情を見せたかったからだと思う)が伝わらないのは残念だと思った。
すべての情報に説明を入れてしまうと、ごちゃごちゃになってしまい、聞きづらくなると思うので難しいが、目が見えている人と見えない人で得られる情報の量が圧倒的に違うと思った。
だが、逆に音声で聞くことによって得られた情報もある。
白鳥さんの生活をしているシーンで、雑音だと思っていた音が、読みあげ音声だった。
また、赤信号で歩道を渡るシーンがあるが、最初に見た時は信号が赤だと気づかなかった。
だが、音声では赤信号と説明があったため、音声のおかげで気づくことができた。
その赤信号は、音が鳴らない為、目が見えないと信号がわからない。
車が着たら音でわかるのかもしれないが、白鳥さんは赤信号を躊躇なく渡っていて、危ないと思った。
こういったことが、事故に繋がる可能性もある。改善され、音が鳴る信号機の方が多くなってはいると思うが、
音の出ない信号機もまだ残っていることが事実だ。
みんなの住みやすい世の中になってほしいと思う。