【ウェブアクセシビリティ座談会 No.6 <前編>】のべ60人以上のワーカーが参加!THEATRE for ALL 立ち上げの舞台裏

2021年7月21日

ウェブアクセシビリティってなに?うん、うん?うん!と聞いているだけでウェブアクセシビリティがわかる座談会 第6回前編

今回は特別企画!

2021年2月にオープンした「THEATRE for ALL」。日本初、バリアフリーと多言語で鑑賞できるオンライン型劇場として、演劇・ダンス・映画・メディア芸術を対象に、日本語字幕、音声ガイド、手話通訳などがついた作品を配信しています。

この「THEATRE for ALL」の立ち上げに、サニーバンクはウェブサイトのアクセシビリティ監修として参加させていただきました。

サイト立ち上げまで3ヶ月の間に、ロゴやキーカラーのチェック、ティザーサイトやテストサイトのアクセシビリティレビュー、チラシのレビューなどに、のべ60人を超えるワーカーが関わりました。サイト制作初期、サービス構想の段階から、ウェブアクセシビリティについて考え、これだけ多くの障害当事者を巻き込んで作り上げていくという取り組みは、日本国内ではあまりないのではでしょうか。 サニーバンクワーカーを代表する5名と、precogスタッフの篠田さん、座談会メンバーで、この取り組みについて振り返りました。

前編では「THEATRE for ALL」の立ち上げの経緯やコンセプト、「THEATRE for ALL」が考えるアクセシビリティについてprecog篠田さんとのお話を、後編では「THEATRE for ALL」のウェブサイト立ち上げまでをワーカーさんたちと振り返ります。

(この座談会は2021年3月に行いました。)



THEATRE for ALL 立ち上げの経緯

地域のおじいちゃんやおばあちゃんにまでどう舞台芸術を届けるか

伊敷
今日は、2月にサービスをスタートした「THEATRE for ALL(シアターフォーオール)」のウェブサイトのアクセシビリティ診断に携わったみなさんに集まっていただきました。診断をやってみての感想や苦労話など伺いたいと思っています。 また、THEATRE for ALLを運営する株式会社 precog(プリコグ)から篠田さんをお招きしました。篠田さんからは今回のTHEATRE for ALLというサービスの立ち上げまでの経緯や、THEATRE for ALLのコンセプトなどのお話を伺えればと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
よっこ
サニーバンクのよっこです。じゃあはじめに篠田さん、コメントをお願いします。

篠田 栞(しのだ しおり)さんのプロフィール

篠田さんの似顔絵イラスト。ショートカットで眼鏡をかけています。
篠田 栞 さん
THEATRE for ALLで、ウェブサイトや広報、イベント活動をやるコミュニティチームの現場スタッフとして2020年9月からprecogで働いています。

THEATRE for ALL ロゴ

THEATRE for ALLとは、日本のアーティストが海外で活動するときのお手伝いや海外のアーティストが日本で上演するときの舞台づくりなどを主な業務にしているprecogのバリアフリーを施したオンライン劇場。



篠田
precogの篠田です。本日はよろしくお願いいたします。まず最初に、サイト立ち上げまでものすごく短い期間で、またウェブサイトに加えてキーカラーやロゴやチラシについてなどもチェックしていただくなど柔軟に対応いただき、ご無理をさせてしまったのではないかというお詫びと、それでもご対応いただいたお礼と、感謝の気持ちをお伝えしたいです。本当にありがとうございました。
伊敷
いやいやこちらこそ、サニーバンクとしてもとてもいい経験をさせてもらったと思っています。ありがとうございます。では、最初にprecogさんって、もともとどんなお仕事をしている会社なのか教えていただけますか?
篠田
precogは演劇を中心とした舞台芸術の分野で、日本国内のアーティストが海外で活動するときに、フェスティバルの担当者と交渉したり広報したり、逆に海外のアーティストを日本に連れてきたり、リアルな現場での舞台制作を主な業務にしている会社です。その中で、舞台好きの人に舞台作品を見る機会を提供することももちろんですが、大切にしてきたのは、これまで芸術に触れてこなかった人たちにどう届けるかということです。例えば田舎で舞台を公演したとき、地域のおじいちゃんやおばあちゃんがどうやってその作品を自分事化してくれるかみたいなことをすごく大事にしてきました。
それまでつながっていなかった人たちがつながることで、例えば地域の住民たちが受け手としてつながれば新しい景色を見ることができるかもしれないし、アーティストにとってもお客さんが増えたり新しい対話が生まれてそこから新しい気づきがうまれる可能性があると考えています。国や地域やいろんなことを超えて、オープンにみんながアートや舞台芸術を楽しめる世界を目指しながら国内外で仕事をしています。
よっこ
もともとは、リアルな場で、日本だけじゃなく海外でも活動されていたのですね。
篠田
そうなんです。そんな中、伊敷さんにもお手伝いいただいていた「True Colors Festival - 超ダイバーシティ芸術祭」というイベントを日本財団から受託しまして、リアルのイベントで障害のある方たちと関わり、バリアフリーやアクセシビリティなどをリアルの場で考えるようになっていったんです。私たちにとってこれは、新しいお客さんに出会うための活動で、アーティストが新たな機会を得る、その矢先に新型コロナウイルス感染症の流行がはじまってしまい、リアルでは動けなくなってしまいましたが、文化庁が「文化芸術収益力強化事業」というのをやるということで、「そもそも私たちはコロナ以前から、これまで舞台・芸術に触れることが難しかった人たちに作品を届けたい、そういう人たちに出会いたいと思って活動してきたよね」ということで、文化庁からの受託でバリアフリーを施したオンライン劇場「THEATRE for ALL」を作ることになりました。

リアルからオンラインへ

伊敷
昨年9月の初旬だったと思いますが、True colors festivalでご一緒したprecogの方から「THEATRE for ALLというサービスを立ち上げたいのでアドバイスがほしい」というメールが届いたんですね。お話を聞いてみたら、視覚障害だけではなくて、いろんな障害のある人、それに障害のない人にも舞台芸術とか映画とかダンスが鑑賞できるサイトを作りたいと。これを聞いたとき、僕が1人でやるのではなくて、サニーバンクを巻き込んで一緒にやるべきだなと直感して、サニーバンクを交えてミーティングを行いました。
篠田
今までリアルのイベント制作をしてきた会社ですし、True Colors Festivalをやってきてはいたものの、オンラインでどんなふうにコミュニケーションをするかとか、障害のある方たちと一緒にものを作ったり考えたりとか、そういう経験がとても浅いところからのスタートでした。そこで伊敷さんやサニーバンクさんをはじめいろんな方にヒアリングをさせていただいて、「どんな作品があれば楽しんでもらえるか」とか「どんな機能があればいいか」とか、「THEATRE for ALLという名前もまだ仮のものだったんですがこの名前についてどう思いますか」とか「普段インターネットやウェブをどのように使っているか」とか、そういうことをお聞きしながらコンセプトや名前を決めていきました。
伊敷
確か「THEATRE for ALL」っていうサービス名にツッコミを入れたような記憶があります。
篠田
THEATRE for ALL っていう名前について伊敷さんからは「ALLってだれやねんっていうツッコミはくると思いますよ。ALLとかみんなっていう言葉がだれを指すのかってわかりづらいんですよね」といわれました。また奈良県に「たんぽぽの家」という福祉施設があって、さまざまな障害のある人たちが芸術活動をしているのですが、たんぽぽの家の方々にお話を伺った時には「”for ALL”が「みんなのために」じゃなくて「みんなで一緒に作る」っていうふうになるといいんでしょうね」という意見をいただきました。伊敷さんも同じようなことをおっしゃっていましたね。
そこでいきなり完璧にみんなが使えるということよりも、今出会えている人たち、一緒にやろうといってくれている人たちと対話をしながら作っていく、育てていく劇場にしようと、まずはそれを2月5日にオープンさせてみるというのを目指して走ってきました。
イラスト:音だけじゃない、絵だけじゃない、伝えたいのは感動体験!座談会メンバーの4人と篠田さんがステージの上でショーをやっているイラストです。伊敷さん、くらげさん、篠田さんはタキシードを着て、寺島さんとよっこはドレスを着て、花を持って舞台に立っています。それぞれが持っている花はリボンで繋がっています。あと、黄色い鳥が二羽います。

THEATRE for ALL と THEATRE for ALL Lab

伊敷
ここまでお話しいただいた思いやコンセプトをもとに作ってきた THEATRE for ALL では具体的にどのような作品を配信しているか教えていただけますでしょうか。
篠田
2021年2月のスタート時点で30作品を配信しています。作品のジャンルは演劇・映画・ダンス・メディア芸術の4つを大きな軸としていますが、例えば映画だとドキュメンタリー映画もあればファッションをテーマにした映画もあります。
伊敷
このプロジェクトでは、いわゆる動画配信サービスであるTHEATRE for ALL に加えて、「THEATRE for ALL Lab」というサイトを制作しましたね。この2つのサイトの位置づけを教えてください。
篠田
このプロジェクトの一番最初の計画段階では動画配信サービスとしてのオンライン劇場だけをつくるつもりでいたのですが、ヒアリングを進めていく中で「それだけでは不十分だな」と考えるようになりました。そこで多様な身体や価値観、言語を持つ人たちが集まって、そうした違いがあることを前提にしていろいろな対話をする場を作ろう、そしてそこで得られた気づきをTHEATRE for ALL の動画配信サービスに還元もするし、さらに対話や気づきそのものを外に向けて発信もしていこうよということになりました。それが THEATRE for ALL Labです。
伊敷
THEATRE for ALL Lab の記事を読むことで THEATRE for ALL の動画作品への入り口になっていたり、作品をより深く楽しんだりできるということですね。THEATRE for ALL の中にもラーニングコンテンツがありますが、これはどういったものですか。
篠田
ラーニングコンテンツとしては動画コンテンツとオンラインワークショップがあります。先ほど THEATRE for ALL では30作品を配信しているとお話ししましたが、そのすべてに対してラーニングコンテンツを制作しています。そもそも芸術というのは嗜好性が高いというか、もともと好きな人以外にはなかなか触れづらいよねという声があります。私たちとしては、美術館などでアートを鑑賞した後に今まで見えなかった色が見えたり、聞こえなかった音が聞こえたりすることがあって、そんな風に日常の視野を広げるようなコンテンツになることを目指しています。
また教育の現場での活用も考えていて、例えば作品を鑑賞した後に感想をシェアしてみるとか、それを通して対話してみることが、豊かな感性を育んだり人とコミュニケーションすることにつながればという思いがあります。「鑑賞するためのアート」ではなく「アートを鑑賞することで得られる学びの場」を提供したいと思ってこのようなラーニングコンテンツを作っています。

THEATRE for ALL が考えるアクセシビリティ

伊敷
THEATRE for ALL におけるアクセシビリティについても、サイトの目的やコンテンツの特性、文化庁からの要件や制作・運用体制などお話を伺いながらどのように考えるか、どこを目指すか議論しましたね。
篠田
私はIT業界出身でウェブサイトを作るなどの仕事もしていたのですが、アクセシビリティをチェックしながらサイトを構築するという経験は初めてで、戸惑うことばかりでした。障害の種類や程度は人それぞれだし、それによって必要なアクセシビリティも当然違ってくるということにさえ気づけていなかったです。またすでにお話ししている通り、 precog としてもアクセシビリティを考慮したウェブサイトの制作そのものが初めてでした。
そういうところからスタートして、サニーバンクのみなさんからのフィードバックをいただきながら徐々にサイトを築いてきた感じです。そもそも、アクセシビリティって「正解がない」という中でコミュニケーションを重ねながら作っていくものだということは、サニーバンクさんに出会えなかったら私たちも全然体験できなかったと思います。

JISへの準拠よりさまざまな当事者と一緒に

伊敷
ウェブアクセシビリティへの取り組み方として JIS X 8341-3(ウェブコンテンツのアクセシビリティに関するJIS、日本の国家規格) への準拠を目指すという方向性もあったとは思います。ただ今回のプロジェクトについては JIS への準拠を目指すのではなく、多様な障害のある人たちに意見を聞きながら制作していく方がなじむのかなと思いました。理由は以下の5つです。
  1. サービスの特性上、視覚障害だけでなくさまざまな障害のある人が利用することを当初から想定していたし、そうなることを望んでいました。すでに多くの障害のあるアーティストが作品制作に携わっています。
  2. THEATRE for ALL で配信する動画作品へのアクセシビリティとして従来の音声ガイドやバリアフリー字幕に加えて、アーティスト自身が「この作品へのアクセシビリティはこんな風に実現したい」という実験的な取り組みが想定されていました。
  3. precog ではアクセシビリティを考慮したサイト制作の経験がありませんでした。
  4. サニーバンクには多様な障害のあるワーカーが在籍しているため、ワイヤーフレームやデザインカンプの段階からアクセシビリティを意識した制作を行うことができます。
  5. 文化庁の委託事業ではあるものの JIS X 8341-3 への準拠が必須ではないことを確認しました。
篠田
JIS規格は「そういうものがある」程度には知っていましたが、逆に「それを守ればバリアフリー」だと思っていて、社内でも当時は「JISの規格を守るためにはどうしたらいいの?」というところばかり気にしていました。でも、伊敷さんからご提案いただいたことで、JIS は確かに大切だけど、それを守ることがすべてではないということを早い段階で理解することができました。
伊敷
ありがとうございます。全体の作業期間は4ヶ月ぐらいで、その期間でワーカーの皆さんにはいろんな作業を担当していただきました。例えば、デザイン案を見てアクセシビリティの観点から意見をだしてもらったり、昨年12月にオープンしたティザーサイトのアクセシビリティチェックや、今年1月にはTHEATRE for ALlとTHEATRE for ALL LABのテストサイトのアクセシビリティチェックを行いました。全体で延べ60人以上の当事者に携わっていただいています。ウェブサイトを立ち上げる段階で障害当事者に意見を聞きながら作ること自体がまずほとんどないと思いますし、障害当事者が関わるとしても視覚障害のある人に公開直前のウェブサイトをちょっと使ってもらって問題点をいくつか挙げてもらうくらいで、指摘した箇所も「これはもう決まった仕様なので直せません」ということもよくあります。THEATRE for ALLでは、早い段階からアクセシビリティの視点でチェックが入ることによって、見つかった問題をサイト公開までに確実に修正することができたと思いますし、これだけの障害当事者がサイト立ち上げの段階で関わったケースは日本国内ではまりないのではないでしょうか。
よっこ
私は、THEATRE for ALL のアクセシビリティ監修に関わらせていただいて、サービス開始前からさまざまな利用者を想定して、さまざまな当事者の意見を聞きながら作り上げてくというのはとても感動的だったのですが、ウェブのアクセシビリティにとどまらず、同じように、製品やサービス、制度を作る場合などにも同じことが出来るのではないかと思いました。そして、「サニーバンク」の可能性というか、これが出来ることがサニーバンクの強みなんだなと、改めて思いました。アクセシビリティに携わる者として、こういった、当事者を巻き込んだ本当の意味でアクセシブルな取り組みが広がっていくと嬉しいなと思います。
篠田さん、伊敷さん、ありがとうございました。

( ※ <後編>へ続きます。)

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